ようこそ


ちょっと不思議な名前?と感じられるかもしれませんが、最近、創立70周年を迎えた伝統的なキリスト教(プロテスタント)の教団(教会の集まり)です。
「イムマヌエル」とは、インマヌエル(Immanuel)の昔の表記で「神はわれらとともにおられる」の意味です。
「綜合伝道団」とあるのは、宣教のみならず、医療、教育、農耕を含む総合的な伝道を目指して発足したことによりつけられました。日本全国に113の教会があります。「Immanuel General Mission」「IGM」と表記されることもあります。

2021 2 7那覇・東風平オンライン礼拝 機会を十分に活かしなさい④

機会を十分に活かしなさい4エペソ5:16,17

時を無駄にしてしまう思いとはどのようなものか
I.罪責感
罪責感に支配されていますと、今の生き方にも悪影響を及ぼし、将来の事を展望するときにも悲観的になったりすることがあります。
けれどもイエス様は、そんな私たちのために十字架に架かってくださったことを忘れてはなりません。
十字架の血潮は、過去の罪責感を拭い去れないようなそんな中途半端な赦しではありません。
そこから完全に開放されるほどの赦しをもたらすのがイエス様の十字架の恵みです。
主の前に悔い改めた罪であるならば、主は、赦し忘れてくださっておられますから、罪責感で時間を無駄に浪費する必要はありません。
イエス様の十字架の恵みに対して不信仰になって、罪責感を持ち続けますと、サタンに機会を与えてしまう事になり兼ねません。
心の罪責感をすべてイエス様の御手に手放すことによって機会を十分に活かすことができます。
II.怒り
多くの人は、過去の様々な理不尽な体験が赦せないまま、心の中に怒りとなって蓄積されています。
それが幼少期の体験である場合もありますし、思春期の体験である場合もあります。あるいは、大人になってからの体験であるかも知れません。
赦すことが出来ないまま、心の中で何度も反芻して、怒りというネガティブな思いに支配されてしまいますと、多くの時間を無駄に浪費してしまう事になり、サタンに機会を与えてしまう事になり兼ねません。
人から傷つけられたという過去の事を思い出す度に、怒りという感情が出て来ることによって、結局、自分自身をそのたびに傷つけて苦々しい思いがどんどん増していくばかりです。
赦せないというその感情は、何とかしたくても、自分の力では、決して葬り去ることはできません。
けれどもイエス様に吐き出して、手放す時に、イエス様が、自分ではどうにもできないその怒りという感情をきよめてくださり、拭い去ってくださいます。
III.思い煩い
統計学者によりますと、思い煩いの90%は現実に起こらないと言われています。
つまり、思い煩っている事のほとんどは心で勝手に描いた妄想だということです。
けれども、サタンは悪賢いですから私たちが何かに思い煩う時、その思いに付け込んで、そこから抜け出せないような罠を張って待ち構えています。
神様から与えられた機会を思い煩う事の為に浪費してしまうように仕向けて来るのがサタンです。
心がいったん思い煩いに支配されてしまいますと、拍車をかけるように様々なネガティブな思いが心の中を占領してしまいます。
そうすると思い煩いはさらに不安や恐れへと膨らんでいき、イエス様が見えなくなってしまって、益々思い煩うようになって行って、サタンに機会を奪われてしまう事になり兼ねません。
けれどもイエス様は「あなたのすべての思い煩いをわたしに委ねなさい」と手を差し伸べておられます。
すべての思い煩いをイエス様に手放すときにはじめて、機会を十分に活かすことが出来ます。
このように私たちは、しばしば、否定的な思いや感情によって、時をサタンに奪われている事があります。
それは罪責感であったり、怒りであったり、思い煩いであったりします。
否定的なすべての思いをイエス様に注ぎ出して、イエス様に全く手放して、その思いをきよめて頂いて、時を買い戻して行きましょう。

(今井)

2021.1.31 インマニエル那覇・東風平礼拝

アウトライン

機会を十分生かしなさい③

今朝は「機会を十分に活かす」ためには、正しい目標を目指して生きる事が不可欠であるという事について見て行きたいと思います。
クリスチャンが目指す目標: 自分を通して、キリストがあがめられること「生きるにしても死ぬにしても、私の身によってキリストがあがめられることです。」ピリピ1:20
パウロは、激しい迫害の中で、牢獄に入れられ、殉教の死をも覚悟していました。彼は、牢獄の中で死んでしまうのか活かされるのかは、彼の関心事ではなく、パウロの唯一の願いであり、唯一の目標は、「私の身によってキリストが崇められること」でした。
私たちが目指している目標が何であるかによって、機会を十分に活かしているのか、あるいは、サタンに機会を与えてしまうのか、そのことがはっきりと分かれます。
今朝は、私たちが吟味しなければならない目標について具体的に三つの事を見て行きます。
1. 神の栄光よりも自分の名誉を得ることが目標になっていないか

もし、私たちの目標が「キリストが崇められる」ことよりも「自分の名誉」という事が目標になっていたとした
ら、出世するためには、何も惜しまないような時間の使い方をするようになってしまいます。
そして神様の喜ばれることのために時間を使うのはもったいないという思いに駆られてサタンに機会を与えてしまう事になり兼ねません。
けれとも、「キリストが崇められる」ために学びにおいても、仕事においても、あらゆることにおいて、勤勉に歩む事によって、良い証しを立てることを目指すならば、機会を十分に活かすことにつながります。
2 与えられた賜物を神のためではなく、自分の満足のために使っていないか


もし私たちが神様から与えられた賜物を「キリストが崇められる」ことよりも「自分の満足のために賜物
を充実させる」という事を目標にしてしまいますと、多くの時間を神様を喜ばすためではなく、サタンに機会
を奪われてしまうことになり兼ねません。
けれども「神様から与えられた賜物」をキリストが崇められるためにより充実させていく事を目指すなら、
機会を十分に活かすことにつながります。
3 教会の充実よりも自分の楽しみを追い求めることを目標にしていないか


もし私たちがコロナ渦にあって、礼拝が休みになったからといって、置かれたその場所で礼拝をささげるこ
とを怠けてしまって、自分の楽しみに時間を使う事を優先してしまいますと、段々と神様への情熱が冷めて
いきます。そして伝道する事、奉仕に加わること、教会の発展のために祈ったり、教会の活動のために自
分のできる事をさせて頂くという情熱やスピリットが失われて、サタンに機会を与えてしまう事になり兼ねま
せん。
けれども、「キリストが崇められるため」に、コロナ渦という今、置かれている環境にあって、教会のため
に祈ったり、身近な人に伝道したり、教会のために私にできる奉仕をする時に、機会を十分に活かすことに
繋がります。
教会総会を持って、新しい方針のもとで、教会がスタートします。
特に今年は、那覇教会は創立50周年、東風平教会は、創立40周年を迎えました。
新たな一年も「私の計画、私の目標」を優先するのではなく、「キリストが崇められるため」に私に出来る
最善を教会の為に尽くして参りましょう。

(今井)

午後は教会総会がおこなわれます

2021 1.24 インマヌエル那覇・東風平礼拝

機会を十分に活かしなさい②   エペソ5:16,17

機会を十分に活かす鍵では主のみ心が何であるかを悟ることにあります。 今朝は「主の御心を悟る秘訣」について見て行きます。

2021.   1.24

Ⅰ.祈る

「あなたがたの中で知恵の欠けている人がいれば、だれにでも惜しみなくとがめだてしないでお与えになる神に願 いなさい。そうすれば、与えられます。」(ヤコブ1:5)

ここに「祈るなら、神様は知恵を与えてくださる」とはっきりと約束されています。

主の御心が何であるのか分からない時、見切り発車をして、うやむやなまま行動しないで、祈って御心を確かめて 行動することが主の御心を悟る秘訣です。

特に大事な問題ほど、選択を間違ってしまわないように、祈って主のみ心が何であるかを悟った上で、決断すべき です。

Ⅱ.祈りの結果として示される神のサイン 使徒パウロがアジアで伝道していた時、聖霊によって道が閉ざされましたそこで、パウロはガリラヤの北の地方への伝道を計画ましたが、またも道が閉ざされました。

それで、トロアスという地方に移動しました。そこで、どこに行けば分からず途方に暮れていたパウロに対する祈りの結果として彼は幻をみました。

その幻はマケドニアの人々が「マケドニアに渡ってきて、私たちを助けてください。」と叫ぶ幻でした。

この幻こそが、神様からのゴーサインであると確信して、マケドニアでの伝道を開始されました。

ペテロもそうでした。彼も幻を通して、神のみこころを知りました。彼が今まで全く考えてもいなかった異邦人にも 伝道することが、神の御心であることを悟りました。

祈りの習慣が身についていたパウロもペテロも神様からのサインを見落とすことなく、神の御心をとらえることが できました。

普段から祈っているなら、神様は祈りの結果として、ここに御心があるというとサインを送られます。 神様は、私たちとの祈りの結果として、御心のサインを示されます。それを見逃さないようしなければなりません。

Ⅲ.聖書のみことば 詩篇119:105

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」

神様は、聖書のみことばを通して私たちの足もとを照らし、歩むべき道を示してくださいます。

Ⅳ.神様から与えられる平安

コロサイ3:15  「キリストの平和が、あなたがたの心を支配するようにしなさい。」 ここで使われている「支配する」という言葉は、原文では、「採決する」という意味があります。 つまり「心に神様からの平安があるかないかによって、主のみ心が何であるかを弁えなさい」という意味がこのみ言葉には含まれています。

ある道に進もうとしようとするときに、どうしても心に引っ掛かる、平安がないということがあります。

もし、心に平安がなければ、は急いで行動しない事が賢明な判断です。 神様から平安が与えられるまで熟慮してから行動するときに主の御心を捉えて前進することが出来ます。

今、混沌とした時代、終末の悪い時代に置かれている私達ですが、17節に記されているように主のみ心が何で あるかを悟って歩む事が、「機会を十分に活かす」鍵であることを覚えて、弁えを持って賢く歩ませて頂きましょう。

(今井)