ようこそ


ちょっと不思議な名前?と感じられるかもしれませんが、最近、創立70周年を迎えた伝統的なキリスト教(プロテスタント)の教団(教会の集まり)です。
「イムマヌエル」とは、インマヌエル(Immanuel)の昔の表記で「神はわれらとともにおられる」の意味です。
「綜合伝道団」とあるのは、宣教のみならず、医療、教育、農耕を含む総合的な伝道を目指して発足したことによりつけられました。日本全国に113の教会があります。「Immanuel General Mission」「IGM」と表記されることもあります。

2021/6/20那覇・東風平礼拝 苦難に勝利するために必要な力を注がれる主

「敵をよそに食卓を整えてくださる主」 詩篇23篇連続講解説教⑦

「私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え」詩篇23:5

Ⅰ.「私の敵」とは私たちにとって何なのか  「私の敵をよそに」

ダビデは、多くの敵に常に狙われていました、彼は敵が多い中で神のみ守りとみ助けなしには、生きてはいけないことを痛感していました。私たちにとって「私の敵」とは何を表しているしょうか。

新共同訳聖書では、「私の敵」というみことばを「私を苦しめる者」と訳しています。

「私の敵」を私たちの生活に置き換えますと、まさに私を苦しめるすべてのものと言い換えることができます。

私を苦しめるものとは何でしょうか。

それは、私たちを信仰から引き離そうとするサタンの妨害がその一つです。信仰生活は祝福にあふれていますから、サタンは、手を変え、品を変え、必死になって攻撃して妨害してきます。これがクリスチャンにとって常に直面する大きな敵です。

また「私の敵」「私を苦しめるもの」というときに、人生の苦難があります。苦難、それは様々な形で、私たちの信仰生活に襲いかかってきます。苦難は普通、私たちのメンタルの部分にまで大きなダメージを与えます。

昨日のYahooニュースに、深刻な記事が載っていました。

今、日本においてはコロナ禍になってから、うつになる人の割合が2倍に増えたそうです。イギリスにおいても2倍、アメリカにおいては、3.5倍に増えたという統計が出ていました。

コロナ禍になって、多くの人たちのメンタルに大きなダメージを与えています。

多くの人たちが失業したり、倒産したり、お先真っ暗のような中を通過している人たちも増えていますし、医療従事者の方にとっては、過重労働で、多くの看護師さんたちが止めてしまうケースも出てきています。コロナによって、多くの人たちが、心に不安を抱えているような現実です。

「私の敵」と「は私たちを苦しめるすべてのもの」です。

Ⅱ.主はすべての必要を満たしてくださる   「あなたは私の前に食卓を整え」

「食卓を整え」とは必要を与えてくださるという意味です。

羊飼いが羊に必要なものを与えるように、真の羊飼いイエス様は、私たちの物質的な必要、霊的な必要を豊かに与えてくださるお方です。

 コロナ渦になっての気がかりの一つは、教会経済の必要でした。けれども生きて働く神様は、、昨年も一年間すべての必要を満たしてくださいましたし、今年も今まですべての必要を与えてくださいました。

  神様は、私たちの必要、物質的な必要はもちろんの事、霊的な必要も満たしてくださるお方です。

Ⅲ.敵をものともしないほどに、すべての必要を満たしてくださる主

「私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え」

今までの新改訳では「私の敵の前で」と訳されていましたが、新改訳2017に変わってから「私の敵をよそに」という表現に変わっています。

「よそに」という日本語を辞書で確かめましたら、「顧みることなく放っておく」と訳されていました。ですから新改訳2017では、敵を全くものともしないような表現が使われているわけです。

  真の羊飼いイエス様は、敵をものともしないほどに、すべての必要を満たしてくださるお方です。

ローマ人への手紙8章35~38節で使徒パウロは彼を苦しめるありとあらゆる苦難の中にあっても「私はキリストによって、敵をものともしないほどに圧倒的に勝利することができた。」と宣言しています。

私たちも信仰生活において、私たちを苦しめるどのような敵を前にしても、神様が必要なすべてを満たしてくださるので、すべての敵に対して、圧倒的な勝利を神様から頂くことができます。

今、私たちを苦しめている敵があろうとも、全く心配には及びません。真の羊飼いイエス様は、私たちが敵をものともしないほどに霊的必要(聖霊の力)を満たしてくださり、圧倒的な勝利を与えてくださいます。

 「私の敵をよそにあなたは私の前に食卓を整え」と約束されているからです。            (今井)

那覇・東風平教会シャローム通信(30)

主の御名を賛美致します。

沖縄県の緊急事態宣言が7月11日まで延期となりました。今もなお、療養者、病床占有率、新規感染者数がレベル4の感染蔓延期にあり、10万人当たりの感染者数も全国ワースト1位の状況が続いていますから、予断は許されません。

そのような状況ではありますが、ピーク時の300人超から、100人を切るところまで緊急事態による自粛が功を奏しているようですし、ワクチン接種も徐々に進んでいますので、来週

から教会での対面の礼拝を再開致します。

但し、以下の症状のある方々は、出席をお控えくださいますようにお願い致します。

健康に不安のある方、新型コロナ症状のある方(発熱、倦怠感、関節痛、嗅覚、味覚症状等)

インド型の症状のある方(頭痛、くしゃみ、鼻水等)

このような症状がありましたら、無理をされず、ご自宅にて様子を見て、オンラインで礼拝を

お持ちください。

全体報告・連絡

 闘病中であられた竿代信和先生(元名古屋教会牧師、元教団代表)は、去る6月21日(木)に85年の地上生涯を走り終え、主のみもとに召されました。

  葬儀はコロナ禍のため、21日(月)に家族だけで執り行い、22日(火)10:30からお別れ会がYouTubeでライブ配信されるそうです。なお故人の希望により、弔電、生花、お花料はご辞退くださいとの事です。

  奥様のひろみ先生はじめ、ご遺族に主のお慰めをお祈りいたしましょう。

 那覇教会

➀省略。詳しくはメールでご覧ください。

②省略。詳しくはメールでご覧ください。

③50周年の記念誌の発行に向けて、証しを未提出の方は、今月いっぱいまでによろしくお願い致します。

  400字を目安に長文ても短文ても構いません。難しく考えずに、救いの証しでも、教会に導かれたきっか

けでも、那覇教会にまつわる思いでも、自由なテーマで、お書きくださって、ご提出くださいますように何卒ご協力をよろしくお願いいたします。証しは郵送でも、手渡しでも、メールでも構いません。

東風平教会

➀東風平教会も来週から礼拝を再開致します。健康に不安を覚える方は、無理をなさらないようにお願い致します。礼拝の御用は、山城兄がしてくださいますので、お祈りをよろしくお願い致します。

②東姉のご主人は、バイク走行中に転倒され、肩を骨折されました。速やかな癒しをお祈りください。

那覇教会 :沖縄銀行 普通 店番125(松城支店)  口座番号1486529 

東風平教会:琉球銀行 普通 店番606(東風平支店) 口座番号459169 

2021/ 6 /13那覇・東風平礼拝 むちと杖による主の愛はこの上ない慰め

「むちと杖による慰め」 詩篇23篇連続講解説教⑥

「あなたのむちとあなたの杖 それが綿派の慰めです。」4節後半

Ⅰ.羊飼いのむちと杖とは何を意味しているのか

むちとという言葉を聞きますと羊を打ちたたく虐待の道具のように勘違いしやすいですが、もちろん虐待するための道具として使っていたわけではありません。

 羊を狙って襲い掛かってくる野獣を撃退するための道具として使っていました。

 羊を打ちたたくためではなく、外敵と戦って羊を命がけで守るための道具です。ここに羊飼いの羊に対する愛情と優しさが現れています。

 そして杖の方は、羊が穴や谷底に落ちたときに、丸くなっている取っ手の部分に羊の体に引っかけて、羊を穴から引き上げて救出したりするために使われていました。

また羊が横道にそれたときに杖をあてて羊を元の道に引き戻したりする道具だったそうです。

 そのようなわけでむちも杖も弱い羊を全力で守るための道具でした。

 ですから、羊飼いのむちとつえは羊に対する心配りと愛情の象徴でした。

  同じように真の羊飼いイエス様も、羊のように弱い私たち愛してくださって、私たちが正しい道から逸れたり、危険な道に行ってしまう事がないように、いつも私たちのこと心をかけていてくださるお方です。

 むちと杖の中に、私たちの事をいつも心にかけていて助けてくださるイエス様の愛が象徴されているわけです。

 羊飼いのむちと杖、それは私たちの事を片時も忘れず、いつも心にかけて助けてくださるイエス様の愛が象徴されています。

Ⅱ.羊飼いのむちとつえはこの上もない慰めである

 「あなたのむちとあなたの杖 それが私の慰めです。」

 詩篇23篇を記したダビデ自身が、死の陰の谷を歩むような危険な状況の中で、迫ってくる敵から神様が助けて守ってくださり、確かな道へと導いてくださった事実を知って、ダビデはこの上もない慰めを頂いて、彼は力づけられ試練を乗り越えることができました。

ダビデのように、まことの羊飼いイエス様のむちと杖は、クリスチャンにとって、この上もない慰めとなります。

 羊飼いが、むちと杖をもって命がけで羊を守ってくださるように、真の羊飼いであるイエス様は私たちの事をいつも心にかけていて助けてくださる愛のお方だからです。

常に弱い私たちに心を配っていてくださって、私たちがあらゆるサタンの攻撃や人生の試練に打ち負かされることがないように助けてくださり、正しい道から脱線することがないように、見守ってくださるお方、それがイエス様です。

 むちと杖の象徴であるイエス様の愛に私たちが触れるときにこの上もない慰めを受けます。

私たちが辛い中を歩むときにも、私たちの事を心にかけていてくださり、必要な助けを与えてくださるイエス様の愛に触れるときに、私たちはこの上もない慰めを体験します。

私たちは、何気ない日常の出来事の中にも、大きな困難や試験の中にも、イエス様は、片時も離れず、弱い私たちを心にかけ、見守っていてくださり、助けてくださる事を忘れてはならない事です。

そのイエス様の愛に私たちが触れるときに、他の何によっても得られないのこの上もない慰めを神様によって体験することができます。

羊飼いのむちと杖、それは真の羊飼いイエス様の私たちへの愛の象徴です。

羊飼いがむちと杖をもって、羊から片時も離れず、羊に心配り、常に敵から守り、助けるように真の羊飼いイエス様は、私たちがどのような状況に置かれていたとしても、片時も私たちから離れることなく、私たちの事に心を配り、助けてくださる愛のお方です。

そのイエス様の愛に触れるとき、私たちの心はどれだけ慰められることでしょうか。

真の羊飼いイエス様の愛を覚えて、イエス様に感謝をささげ、これからもイエス様についていきましょう。

(今井)

那覇・東風平教会シャローム通信(29)

主の御名を賛美致します。

新型コロナの感染状況も300人台から200人台、最近は150人台と未だ二桁を超える数が続いていますが、ピークは越えたように思われます。ワクチン接種も徐々に進んでいますので、27日から礼拝を再開したいと思っていますで、集まれる方々だけでもお集まりください。

但し、不安を覚える方や、体調がすぐれない方、熱のある方は決して無理はなさらず、ご自宅でのオンライン礼拝をご継続ください。

報告・連絡

那覇教会

➀先週は、初めての試みで少人数でしたが、ZOOMでの祈祷会を持ちました。礼拝後の交わりが持てない状況にありますので、今後も月一回ぐらいの割合で、継続したいと思っています。

②本日午後1:30からZOOMでの役員・実務委員会を持ちます。委員の方は出席をよろしくお願い致し

ます。

 ③50周年の記念誌の発行に向けて、証しを未提出の方は、今月いっぱいまでによろしくお願い致します。

  400字を目安に長文ても短文ても構いません。難しく考えずに、救いの証しでも、教会に導かれたきっかけでも、那覇教会にまつわる思いでも、自由なテーマで、お書きくださって、ご提出くださいますように何卒ご協力をよろしくお願いいたします。

証しは郵送でも、手渡しでも、メールでも構いません。

東風平教会

➀会堂の外壁塗装は無事に終わりました。工事期間は、神谷姉のご主人が会堂の開け閉めを毎日してくださり、心から感謝しています。主の豊かなお報いかありますように、お祈りくだそぃ。

②27日から礼拝を再開致します。メッセージは那覇教会の山城明兄

 がしてくださいます。お祈りをよろしくお願い致します。

③7月4日の礼拝は可能であれば、久しぶりに聖餐式を行いたく

願っています。感染対策に注意しつつも、主が定めた聖礼典を

再開する方向でいますので、祈り心をもって臨みましょう。

那覇教会 :沖縄銀行 普通 店番125(松城支店)  口座番号1486529 

東風平教会:琉球銀行 普通 店番606(東風平支店) 口座番号459169 

2021/ 6/ 6オンライン 逆境の中であっても恐れる事はない。主が共におられるから

2021/6/6     那覇・東風平オンライン礼拝                                 説教メモ

「たとえ死の陰の谷を歩むとも」  詩篇23篇連続講解説教⑤

「たとえ  死の陰の谷を歩むとしても  私は災いを恐れません。  あなたがともにおられますから。」4節

Ⅰ.死の陰の谷に直面する現実

「死の陰の谷」  この言葉を私たちの人生に置き換えるなら、それは絶望的に見えるほどの逆境と言い換えることができるの ではないでしょうか。  羊飼いは、羊を引き連れて旅をするとき、旅の途中に峡谷を通ったり、山を登ったり下りたりと、とても危 険な道を通ることがありました。ちょっとでも道を誤ると羊が命を落とすこともありましたから、羊飼いは、羊たちを見守りながら、 旅を続けました。 ダビデ自身も羊飼いの時の体験と共に、彼自身の生涯を振り返りながら、死の陰の谷を通った体験を思い 起こして、23篇は歌われています。

ダビデは、サウルの激しい妬みを買って、命を狙われ続けました。サウルが死んだあとは、息子アブシャロムの反逆に会い、またしても命を狙われるはめになりました。

ダビデはまさに死の陰の谷を歩み続けていました。 彼は、この死の影に直面した体験を晩年に書き記したことによって、詩篇23篇は生まれたわけです。 私たちの人生も「死の陰の谷」のような絶望的に見える逆境に直面することが度々あります。 ダビデが「死の陰の谷」を体験したように、私たちも人生において、絶望的に見えるほどの逆境の中を通ることが人生においてはあるという事です。

Ⅱ.死の陰の谷に直面しても主が共におられる

「たとえ  死の陰の谷を歩むとしても  私は災いを恐れません。  あなたがともにおられますから。」4節 何と前向きになれる素晴らしい約束でしょうか!

「死の陰の谷」のような絶望的に見える逆境の中をたとえ通る事があっても、私たちは決して孤独ではありません。一緒に悩んでくださるお方、一緒に悩みを共有してくださるイエス様が私たちと共にいてくださいますからなんと感謝なことであり、心強い ことでしょうか。

ヤコブはベエルシェパを離れてハランに向かう旅の途中、ベテルという地で、神体験をしました。ヤコブは「まことに主がこの 場所におられたのに私は今までそれを知らなかった。」という深い霊的体験をしました。

ヤコブにとっては、まさに死の陰の谷のような苦難の旅でしたが、「私は、孤独ではない、神がともにいてくださる。」という大 きな励ましを頂きました。

私たちが「死の陰の谷」のような絶望的に見えるほどの逆境の中をたとえ通ることがあったとしても、忘れてはならないこと は、イエス様が共にいてくださるという事です。

Ⅲ.死の陰の谷に直面しても主が共におられるので恐れる必要はない

「たとえ  死の陰の谷を歩むとしても  私は災いを恐れません。  あなたがともにおられますから。」4節 ヨハネの福音書10章11節にはこのように記されています。

「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。」 私の苦しみをすべて知っておられて、私たちのためにご自分のいのちさえ、お捨てになるほどに私たちを愛してくださるイエス様が、一緒にいてくださいますから、いったい何を恐れる必要があるでしょうか。 主が私たちと共にいてくださるから、たとえ死の陰の谷を歩むことがあったとしても、恐れる必要はないとここに宣言されています。 今、死の陰の谷のような絶望に見える逆境の中を歩んでいる方があるかも知れません。 けれども、たとえ死の陰の谷のような絶望に見える逆境の中を歩んでいたとしても、何も恐れる必要はないんだと。なぜな ら、イエス様が共におられるからです。

この信仰に立って歩むときに、死の陰の谷を乗り越えて行く力を主は必ず与えてくださいます。

ですから「たとえ  死の陰の谷を歩むとしても  私は災いを恐れません。  あなたがともにおられますから。」この信仰に立続け て歩ませて頂きましょう。

今井

那覇・東風平教会シャローム通信(28)

主の御名を賛美致します。 新型コロナ感染者は、全国的には減少傾向にありますが、沖縄だけは高止まり状態で、未だに200名以上の感染者数が続いています。緊急事態宣言やワクチン接種などが功を奏して、波も 収まり、減少傾向へと進みますように日々お祈りして行きましょう。

教会での礼拝を中止したオンラインのみの礼拝は、今日も含めてあと3回持たれます。

オンラインは、感染リスクのない環境、移動の必要がない手軽さ、健康やその他の理由で、普 段、教会に来られない方も参加できるなどのメリットがありますが、反面、集中して礼拝を守り にくい環境、自宅という気軽さから様々な誘惑がある環境、ネット環境がないために参加できな い、等のデメリットもあります。そのため様々な工夫が必要です。

➀日曜日朝の時間帯の確保(対面の礼拝が再開した時に、躊躇なく礼拝に加わるため)

②日曜日の午前が自宅では集中しづらい時間帯ならば、静かに持つことのできる時間帯に合 わせる。

③オンラインの動画を早送りしないで、できるだけプログラムに合わせて持つ。動画でもスタ ート(前奏)と説教後と礼拝後(後奏)の黙祷に合わせてお祈りするときを持つ。 礼拝後、メッセージの中でから何か一つでも自分生活にどのように適用するか、祈り、思い 巡らして示されたことを書き留める。

④クリスチャンホームは、可能であれば、一緒に持つ。

等々、いろいろ工夫をしながら充実した礼拝を目標にお持ちください。 オンラインはそのような誘惑や妨害の多い環境であるからこそ、私たちの信仰が試されています。神様は、普段の礼拝以上にオンラインの中で私たちが神様を第一として、充実した礼拝を確保しているかどうかを見ておられます。充実した礼拝が持てたとき、それはその日一週間の糧と なり、力となります。   今朝も充実した礼拝となりますようにお祈りしています。

 連絡

那覇教会

①省略

②次聖日午後1:00から ZOOM での役員・実務委員会を持ちます。委員の方は出席をよろしくお願いい たします。

 東風平教会

➀会堂の外壁塗装、看板設置が無事に終わりました。すべての経済の必要も満たされ、支払いも完了いたしま した。見違えるほど外観が生まれ変わりました。新しくなった教会が多くの方々の目に留まり、新来会者も起こさ れるようにお祈りください。

②今月は緊急事態宣言明けの27日から礼拝を再開致します。メッセージは那覇教会の山城明兄がしてください ます。お祈りをよろしくお願いいたします。

那覇教会   :沖縄銀行 普通   店番125(松城支店)                                                    

口座番号1486529

東風平教会:琉球銀行 普通   店番606(東風平支店)   口座番号459169

2021/5/ 30那覇・東風平礼拝 主は平安と祝福の道へと導いてくださる。

「義の道に導かれる羊飼い」  詩篇23篇連続講解説教④

「主は私のたましいを生き返らせ御名のゆえに私を義の道に導かれます。」23篇3節

Ⅰ.主は導いてくださる羊飼い

「主は…御名のゆえに私を義の道に導かれます。」 羊飼いは、羊が死なないようにいつも先頭に立って、羊を導いて養います。  イエス様も私たちの先頭に立って、いつも私たちを導いてくださるお方です。

イエス様のみ声が分からないというクリスチャンはいません。 ヨハネの福音書10章3節、4節にこのように記されているか らです。

「羊たちはその声を聞き分けます。牧者は自分の羊たちを、それぞれ名を呼んで連れ出します。」

「牧者はその先頭に立って行き、羊たちはついて行きます。彼の声を知っているからです。」  ヨハネ10:3,4 ここに羊は、「羊飼いの声を聞き分ける」「羊飼いの声を知っている」とも記されています。つまり、羊である私たちは、羊飼いイエス様の御声を聞き分けることができるということです。イエス様の御声は、肉声ではありませんが、内なるみ声を通して「こっ ちじゃないよ、こっちだよ」と導かれます。

イエス様は常に私たちの先頭に立ってクリスチャン一人一人に御声をかけておられます。その声にじっくりと耳を傾けるとき に、羊飼いイエス様の御声を聞き分けることができます。ある時は、みことばを思いめぐらしている時に、あるときは、内なる御 霊の語りかけを通して、あるときは祈っているときに御声を聞くことがあります。

羊が羊飼いの声を聞き分けるように、私たちもイエス様の御声にじっくりと耳を傾けるときに導いてくださる主の御声を聞くことができます。主の導きを聞き分けることができないのは、イエス様が御声をかけておられるのに静かに耳を傾けようとしないか らです。

ときに私たちは羊飼いイエス様が導いておられる道が、はっきりわからないまま、見切り発車をして、自分勝手に進んでしまって、後で後悔してしまうことがあるかも知れません。また、あるときはイエス様の御心よりも自分の考えや思いの方が確かに 思えて、主の御声に耳を傾けようとしないことがあるかも知れません。  あるいは御心よりも魅力的に見える道に進みたくて、御 声を聞こうとしないことがあるかも知れません。

イエス様は御声をかけて導いておられるのに、御声に耳を傾けようとしないならば御声を聞き分けることはできません。 け れどもじっくりと耳を傾けるならば、羊が羊飼いの声を聞き分けて従うように、御声を聞き分け、イエス様の導きがどこにあるの かをとらえることができるはずです。

Ⅱ.主は義の道に導いてくださる羊飼い

「御名のゆえに私を義の道に導かれます。」

「義の道」とは「正しい道」という意味であり、神様の平安と祝福につながる道であるという意味であり、私たちを災いに導く道で はなく、平安と祝福に導く道です。

羊が羊飼いの声を聞き分けて、導かれるままについていくとき、そこは牧場や水のほとりにつながる憩いの場所に行き着くよ うに羊飼いイエス様の御声を私たちが聞き分けて従う時、必ず溢れる祝福の道へ行き着きます。 アブラハムは75歳の時「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさ い。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、」と語りかけを受けました。 その時アブラハムは、行き先を知らないで神様の導きに従った結果、彼自身も彼の子孫に至るまであふれる祝福が注がれまし た。  主の導きに従う時にそれは平安と祝福につながります。

先々週、とても悩ましい問題に直面して、主の導きを仰いだ時に、主はいちばんよい形で解決へと導いてくださった事を体験 して、イエス様に感謝をささげました。

イエス様は必ず平安と祝福へとつながる場所に導いてくださいますから、日常の些細なことであっても、大きな分岐点に立た されているときにも、私の考え、私の最善、私のベストに頼らずに、祈って主の導きをとらえ、主の導きに従って歩んで参りましょう。