020 8 30 オンライン礼拝

ピリピ人への手紙3章17,18節       「うしろのものを忘れて前進」その①

「忘れるべき後ろのもの」について Ⅰ.心に受けた傷

人から受けた批判や中傷、あるいは冷たい態度、そういったものが、ずっと心の中に傷となることがあります。 けれども、私たちが傷ついた辛い気持ちをイエス様はすべてご存知の上で、私たちが忘れることが出来るように慰めて拭い去ってくださるお方です。

Ⅱ.過去の失敗への後悔 現実を受け入れられずに、空想の世界に浸って、「こうすればよかった」「ああすればよかった」と後悔を繰り返すこ とがあります。 けれども、いくら「たられば」を繰り返したところで、それは空想の世界なので、何の変化も、改善ももたらしません。 イエス様は、そのような後悔の念に縛られている一人一人に対して、忘れることが出来るように、その辛い気持ち に寄り添ってくださいます。

Ⅲ.過去への未練

厳しい現実から逃避したいがために、過去を振り返り、  「あの日に帰りたい。あの頃は良かった。」「あの楽しかっ たあのときに戻りたい」  そのような過去に対する未練を持つことがあります。

コロナ渦にあって、今、直面している現実を受け入れられない時に  「コロナウィルスが感染拡大する前は、普通 に出来ていたことが出来なくなってしまった。あの時に戻りたい。」と思ったりすることがあるかもしれません。もちろんコロナが終息することを祈り、待ち望むことは必要な事です。 今、置かれていいる現実と向き合わないで、「あの頃は良かった」と過去への未練にこだわることを神様は望んでおられません。  イエス様は、その未練を立ち切って、忘れることが出来るように寄り添ってくださいます。

Ⅳ.過去の罪への自責の念 私たちの犯した全ての罪を赦してくださるために、

十字架に架かられたイエス様を信じたその時から、誰であってもクリスチャンとしてスタートして今に至っています。 ただ、イエス様の恵みによって罪が赦されました。 イエス様が私たちの罪を赦して忘れてくださっておられるのに、「本当に赦されたのだろうか」と過去を振り返っては、自分を責めたり、疑ったりすることが、ときにはあるかも知れません。

サタンは、そのような疑いの心に付け込んで、「罪が赦されるなんて虫が良すぎるぞ」とささやきます。 けれどもイエス様は、「あなたの全ての罪は十字架の上でわたしが贖ったのだから、もう赦されている。もう忘れなさい」と十字架を指し示しておられます。

私たち一人一人、今、置かれている場所で前進して行くためには、うしろのものを忘れなさいと主は 語っておられます。 イエス様は、私たちがこれらのうしろのものを忘れて前進することを求めておられます。

過ぎ去ったものを忘れて、リセットして、はじめて私たちは前のものにむかって前進することが出来るからです。

「後ろのものを忘れ、前のものに向かって」前進して歩んでいきましょう。

(今井)

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