2020 9.6インマヌエル那覇・東風平礼拝

ピリピ人への手紙3章17,18節       「うしろのものを忘れて前進」その②

今朝は、「うしろのものを忘れて前進」その②として、先週の続きを見て行きます。 先週は、忘れるべき後ろのものとして

①過去に受けた心の傷、②.過去の失敗への後悔、③.過去への未練、④.過去の罪の自責の念

4つの事をみました。 私たちは過去を変えることは誰もできませんから、過ぎ去ったことをいつまでもこだわり続けて、うしろのものに囚われたり、しがみついたりしていますと、いつまでたっても前進することが出来ません。

「後ろを振り返るのをやめる」ことによって、初めて目標が明確になりますし、前に向かって進むことが出来るように なります。

今朝は,パウロが「どのようにしてうしろのものを忘れて、目標に向かって前進することが出来たのか」 そのことについて二つの事を見て行きます。

Ⅰ.キリストと出会う前のパウロ パウロは、かつて熱心なパリサイ人でしたからパウロは「律法によって義とされる」ことこそが正しい道だと確信していましたので「信仰によって義とされる」というクリスチャンの生き方が邪道だと信じて、敬虔なクリスチャンたちを 迫害し続けました。

ステパノが殺されたとき、彼はまだ若い青年でしたけれども、ステパノを殺すことに賛成していました。 またパウロは、教会を荒らして、クリスチャンたちを男性であろうが女性であろうが、手当たり次第に鞭でたたいり、牢に入れることをやり続けました。その結果、死に至ってしまうクリスチャン達もいたとパウロ自身が告白してい ます。

そのようなパウロがダマスコ途上でイエス様の御声を聴いてから、彼は、回心し、劇的なほどに生まれ変わりま した。教会を荒し、クリスチャンを迫害し続けてきたサウロが  イエス様との出会いを通して、キリストの使徒パウロ へと造り変えられました。

何故パウロは、過去の罪深い生き方を引きずらないで、忘れることが出来て、イエス様の素晴らしい弟子として、 目標に向かって前進することが出来たのでしょうか。

Ⅱ.パウロがうしろのものを忘れることができた秘訣 イエス様がすべての罪を赦し、忘れてくださるお方であることを信じ、体験していたからパウロは自分が犯し続けてきた罪に対して、それをなかったかのように、忘れてくださるイエス様の深いいつくし みとあわれみを体験しました。

詩篇103:12「東が西から遠く離れているように主は  私たちの背きの罪を私たちから遠く離される。」

イザヤ43:25「わたしは、あなたの背きの罪をぬぐい去り、もうあなたの罪を思い出さない」 ここに神様は過去の全ての罪を忘れてくださると約束さしておられます。

パウロは「イエス様が私の過去の全ての過ち、全ての罪を完全に赦し、帳消しにし、忘れてくださった」 という揺るがない信仰に立っていましたから、うしろのものを忘れることができました。

彼がもし、過去の罪や過ちを引きずっていたなら、「私は資格がない」という思いになって、目標に向かって前進す ることなどできなかったはずです。

けれどもパウロは「取り返しのつかないような過ちを繰り返して来た私のような者をも、主は、十字架の上で、全 て赦して下さり、なかったかのように忘れてくださった。」と、イエス様の驚く恵みを覚えつつ、信仰に立ち続けていましたので、「うしろのものを忘れ、目標に向かって大胆に前進する」ことが出来ました。

私たちもイエス様によって過去の全ての罪を赦が赦され、主が忘れてくださったので、今の私たちがあることを忘 れずに、うしろのものを忘れて、前に向かって進んで行きましょう。(今井)

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