2021 2 7那覇・東風平オンライン礼拝 機会を十分に活かしなさい④

機会を十分に活かしなさい4エペソ5:16,17

時を無駄にしてしまう思いとはどのようなものか
I.罪責感
罪責感に支配されていますと、今の生き方にも悪影響を及ぼし、将来の事を展望するときにも悲観的になったりすることがあります。
けれどもイエス様は、そんな私たちのために十字架に架かってくださったことを忘れてはなりません。
十字架の血潮は、過去の罪責感を拭い去れないようなそんな中途半端な赦しではありません。
そこから完全に開放されるほどの赦しをもたらすのがイエス様の十字架の恵みです。
主の前に悔い改めた罪であるならば、主は、赦し忘れてくださっておられますから、罪責感で時間を無駄に浪費する必要はありません。
イエス様の十字架の恵みに対して不信仰になって、罪責感を持ち続けますと、サタンに機会を与えてしまう事になり兼ねません。
心の罪責感をすべてイエス様の御手に手放すことによって機会を十分に活かすことができます。
II.怒り
多くの人は、過去の様々な理不尽な体験が赦せないまま、心の中に怒りとなって蓄積されています。
それが幼少期の体験である場合もありますし、思春期の体験である場合もあります。あるいは、大人になってからの体験であるかも知れません。
赦すことが出来ないまま、心の中で何度も反芻して、怒りというネガティブな思いに支配されてしまいますと、多くの時間を無駄に浪費してしまう事になり、サタンに機会を与えてしまう事になり兼ねません。
人から傷つけられたという過去の事を思い出す度に、怒りという感情が出て来ることによって、結局、自分自身をそのたびに傷つけて苦々しい思いがどんどん増していくばかりです。
赦せないというその感情は、何とかしたくても、自分の力では、決して葬り去ることはできません。
けれどもイエス様に吐き出して、手放す時に、イエス様が、自分ではどうにもできないその怒りという感情をきよめてくださり、拭い去ってくださいます。
III.思い煩い
統計学者によりますと、思い煩いの90%は現実に起こらないと言われています。
つまり、思い煩っている事のほとんどは心で勝手に描いた妄想だということです。
けれども、サタンは悪賢いですから私たちが何かに思い煩う時、その思いに付け込んで、そこから抜け出せないような罠を張って待ち構えています。
神様から与えられた機会を思い煩う事の為に浪費してしまうように仕向けて来るのがサタンです。
心がいったん思い煩いに支配されてしまいますと、拍車をかけるように様々なネガティブな思いが心の中を占領してしまいます。
そうすると思い煩いはさらに不安や恐れへと膨らんでいき、イエス様が見えなくなってしまって、益々思い煩うようになって行って、サタンに機会を奪われてしまう事になり兼ねません。
けれどもイエス様は「あなたのすべての思い煩いをわたしに委ねなさい」と手を差し伸べておられます。
すべての思い煩いをイエス様に手放すときにはじめて、機会を十分に活かすことが出来ます。
このように私たちは、しばしば、否定的な思いや感情によって、時をサタンに奪われている事があります。
それは罪責感であったり、怒りであったり、思い煩いであったりします。
否定的なすべての思いをイエス様に注ぎ出して、イエス様に全く手放して、その思いをきよめて頂いて、時を買い戻して行きましょう。

(今井)

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